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男がこちらを見ている。

胴体に別れを告げた男の頭は、重力にしたがって彼女の足元へと落ちた。
頭は彷徨うように部屋の隅へと転がっていったあと、赤い絨毯を広げて居場所を決めたようだった。
苦痛に歪むその表情を、窓に切り取られた月明かりが青白く染めている。

しくじった、と彼女は思った。男に気付かれてしまったのだ。
彼女はダガーを忍ばせ、息を殺して男の背後から近づいたが、
手を伸ばした瞬間に男が振り返って襲いかかってきた。
彼女はすぐさま男の腹にダガーを突き刺し、後ろに飛んで距離をとると、
腰に帯びている黒檀の剣を抜いて思い切りなぎ払った。

胴体を喪った男が、虚ろな目でこちらを見ている。


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幸い、ここは人里離れた一軒家だ。
死体を放置していても、誰かが発見することは無いだろう。後処理を考える必要はなかった。
彼女は黒檀の剣にべったりと付いた血を拭き取りながら、痙攣している男の体を一瞥した。

闇の一党の暗殺者にとって、人を殺す理由は報酬だけだ。
依頼人から依頼された仕事を、ただ淡々とこなす。
標的はなぜ殺されなければならなかったのか、という疑問は不要だ。
だが暗殺するためには標的を徹底的に調べる必要がある。
いつ食事をとり、どこで眠るか。家族構成はどうか。友人関係は?恋人は?

sasie_sword.png

暗殺者は、自分と標的をシンクロさせる。
標的はある状況下でどう行動するか。襲われたら反撃するのか、逃げるのか。
あらゆるパターンを思考し、標的の頭脳を描く。
しかし、感情移入してはならない。情は判断を鈍らせる。
この世界では、一瞬の判断ミスが命取りになる。
暗殺者は、感情が欠如していなければ――そういった意味では鈍感でなければ――務まらないのかもしれない。

暗殺とは、自分を殺す作業だ。
感情を喪った彼女にとっては、うってつけの仕事だった。


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彼女が闇の一党の聖域に帰ると、道化の格好をした男が小走りで近づいてきた。
「おかえり、聞こえし者!」
男は嬉しそうな様子で彼女に話しかける。
彼女はこくりと頷くと、聖域の中心にある泉で鎧を洗い始めた。

「返り血を浴びるなんて珍しいじゃないか」
レッドガードの男が不審そうな様子で聞く。
先ほどは勢い余って、標的の首を刎ね落としてしまった。
首から噴出した血はせめてもの抵抗を見せつけるように、彼女の鎧を赤く染めていた。

そもそも闇の一党の中には、刃物による殺傷を好まない者もいる。
毒殺や絞殺など、殺す手段はいくらでもあるのに、どうして面倒な刺殺や斬殺を選ぶのか。
血が好きなわけではない。
むしろ、彼女は血が大嫌いだ。


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彼女が初めて人を殺した方法は、刺殺だった。
仕事としての殺人ではなかった。
あれはまだ彼女が闇の一党に入る前の、幼い頃のことだ。
雨が降りしきる夜、彼女は森を彷徨っていた。
幸運にも小屋を見つけた彼女はそこで一夜を明かしたが、
帰ってきた家主が激昂し、襲い掛かってきたのだ。
彼女は咄嗟に、手元に落ちていた狩猟用のナイフをとって家主に向けると、
次の瞬間には彼の腹部に突き刺さっていた。
みるみるうちに血溜りができ、家主はぴくりとも動かなくなった。
たくさんの血がでると、人は死ぬ。
そんな当たり前のことが、幼い彼女の心に容赦なく突き刺さった。

だからこそ、彼女は標的を殺すときに刃物を使う。
血は死の証だ。
彼女は、あの忌々しい赤に死を見出だしていた。

それにしても、今回の暗殺は随分と派手にやってしまった。
彼女は自分の黒い鎧に付いた血を洗い落としながら自問する。

なぜ気付かれたのか。
それは、考え事をしていたからだ。

人を殺す真っ只中で考え事をしていた。
今になって思うと可笑しくさえある。
彼女は血を流し終えると、自室のベッドに横たわった。
いくら冷徹な暗殺者といえども、人ひとりを殺せば精神を消耗する。
彼女は目を閉じ、男の首を切り落としたときに考えていたことを反芻した。


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彼女は孤児院の出身だ。
孤児院とは言っても、養親と彼女を含めた三人の子供だけで生活しており、
傍から見れば、至って普通の家庭だった。
彼女は三人の中でも年長者で、血の繋がらない弟と妹の面倒を見ていた。

物心つく前に孤児院に預けられた彼女は、養親に本当の娘のように育てられた。
しかし、年齢を重ねるにつれ、彼女は養親が本当の親ではないことを薄々感じるようになってきた。
養親はノルドだが、自分の顔立ちはインペリアルのそれだ。
彼女もノルドとして育てられたが、成長して顔立ちがはっきりしてくるにつれて
自分がインペリアルであることを自覚していった。

七歳の誕生日に、彼女は思い切って養母に尋ねた。
「あたしの本当のお父さんとお母さんは、どこにいるの?」
養母は一瞬顔をこわばらせて彼女を見たが、
「こっちにいらっしゃい」
と、いつもの柔和な表情に戻り、彼女を隣の部屋へ招いた。
彼女について行こうとする幼い弟と妹を、養父がとめた。
「ソル、ステラ、ここで待っていなさい」


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ドアを閉めると、養母は彼女の両肩に手を置いて、自分自身に言い聞かせるように言った。
「そうね。あなたも七歳になったんだし、そろそろ伝えるときが来たのかしらね」
彼女は怪訝な様子で養母を見つめ返した。

「あなたの言う通り、私たちは本当のお父さんとお母さんではないわ」
薄々分かってはいたものの、養母の口からはっきりとそう言われるとショックだった。
彼女は俯いて次の言葉を待ったが、言葉の代わりに彼女の首にアミュレットが掛けられた。
金色の円に装飾があしらわれており、その中心には大きな赤いルビーが埋め込まれている。
顔を上げると、養母が微笑みながら言った。
「ほら、お誕生日のプレゼントよ」

sasie_youjo.png

状況を飲み込めない彼女に、養父が続けた。
「君の本当のお父さんとお母さんは……遠いところで暮らしているんだ。
それはお父さんが身に付けていたものだよ」
「そのアミュレットには不思議なちからがあるの」と養母が言葉を継ぐ。
「困ったことが起きた時、それを付けていれば神様が助けてくれるの。
神様の声が聞こえるのよ」

「でもね」と、養母は俯いたままの彼女の頭を撫でる。
「血が繋がっていなくたって、あなたは私たちの大切な娘よ。そうでしょう?」
彼女は頷いて、アミュレットを見つめた。何の変哲もない、どこにでもありそうなアミュレットだった。


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ふと、彼女は幼いころの記憶から目覚めた。
天井の隙間から射し込む朝日が眩しい。
仮眠のつもりが、どうやら朝まで眠ってしまったようだ。

そう、アミュレットだ。
彼女が昨夜葬った標的の男は、似たようなアミュレットを首に掛けていた。
それを見た瞬間に記憶がフラッシュバックし、判断が鈍ってしまったのだ。

彼女はふうっと息を吐いて、本当の父親の――今は自分の胸に掛かっているアミュレットを握りしめた。


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彼女はベッドから起き上がると、泉のほとりに立って身体を伸ばした。
闇の一党の聖域は、スカイリムのなかでも比較的温暖なファルクリース地方に位置している。
その上、地熱のおかげで泉の水はそれほど冷たくはなく、地下生活のわりには快適に過ごすことができた。
彼女がローブを脱ぐと白く透き通った肌が露わになったが、誰も気に留めるものはいない。
彼女自身も気にすることなく、身体を洗い始めた。

闇の一党は、自分たちの一員を家族と呼ぶ。
血縁の家族である者もいるが、大抵は赤の他人同士だ。
それを"殺し"という、ある意味究極の社会的行為を共有することが彼らの結束を強めていた。
人の命を絶つことが、彼らを繋げていた。

彼女が身体を乾かしていると、頭のなかで老婆の声が響いた。
「聞こえし者よ……また男がひとり、祈りを捧げています……」
枯れて消え入りそうではあるが、まるで母親が我が子に語りかけるような慈悲深い声だ。
彼女はローブを着込み、聖域の奥の部屋へと向かった。

sasie_amulet.png

部屋に入ると、道化の男が鼻唄を歌いながら巨大な棺桶を磨いていた。
「夜母のお使いかい?」
彼女は頷くと、棺桶の扉に手を掛けた。石と石が軋む重たい音と共に、ゆっくりと扉が開く。
棺桶の中には干からびた老婆の死体がくくりつけられている。
これが枯れた声の主――夜母と呼ばれる、闇の一党の者から慕われ、畏れられている存在だ。

闇の一党は殺人集団だが、辺り構わず人を殺し回っているわけではない。
まず、一党に殺人を依頼したい人間は、"黒き聖餐"と呼ばれる儀式を行う。
夜母はその祈りを一党の者に伝え、契約は成立する。

「シセロも夜母とお話してみたいんだけどねえ!」
道化が無垢な笑みを浮かべながら言う。
そう、夜母の声は"聞こえし者"と呼ばれる人間にしか聞こえないのだ。
お告げを聞いた聞こえし者は、その内容を一党のメンバーに伝え、仕事に取り掛かる。
昔は他の暗殺者が聞こえし者の指示で仕事をしていたものだが、
近年、人手不足に悩まされている一党は、聞こえし者自ら出張ることも多い。

特に今回の任務は、聞こえし者である彼女自身が引き受けたいと思う理由があった。


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七歳を迎えた年のある日、彼女は孤児院の庭で弟と妹と一緒に遊んでいた。
「今度はおねえちゃんが鬼だよ!」と、弟たちは嬉しそうに庭先へと駆けていく。
いーち。にーい。さーん…
十数え終わると、彼女は彼らを見つけ出そうと歩き始めた。

庭を探し回っていると、二人の男がやってきて彼女に話しかけた。
どうやら男が言うには、養父の友人らしい。
今日は祭日だから、お父さんは家に居るはずだ。
彼女はそう思って、孤児院のほうを指差した。
二人の男はにこやかに「ありがとう」と言い、孤児院へと向かった。

kojiin.png

しばらくすると、突然養父の叫び声が聞こえた。
弟と妹を探していた彼女の足が、ぴたりと止まる。
木に止まっていた小鳥たちが、ばさばさと慌しそうに飛び立っていく。
何か嫌な予感がする。
彼女は孤児院へと走り出した。

おそるおそる玄関を開けると、養父が血を流して倒れていた。
彼女は大声で養父に呼びかけたが、彼はすでにこと切れていた。
突然のことに愕然としていると、台所から養母と先ほどの男が口論しているのが聞こえた。
「しらばっくれても無駄だ。闇の一党の"アレ"はどこにある」と、男が養母に問い詰める。
何のことかさっぱりわからない、と養母はかぶりを振った。

そのやり取りを見ていた彼女に、養母が気付いて叫んだ。
「来ちゃ駄目、逃げなさい!」


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彼女が初めて殺人を犯したのは、その翌日だった。
あの森小屋の家主だ。
雨上がりの朝、家主の返り血を浴びてよろめきながら小屋を出ると、声が聞こえた。
「聞こえし者よ……」
彼女は辺りを見回したが、その声の主は分からなかった。
まるで頭の中で共鳴するような声だった。

その夜、彼女は暖を求めて近くにあった洞窟へと足を踏みいれた。
暗い洞窟の中を、焚き火が赤々と照らしている。おそらく近くに人が居るのだろう。
襲われる心配をする余裕は無かった。
疲れ果てていた彼女は、焚き火の前に敷いてあった毛皮のベッドに倒れこんだ。

fire.png

「聞こえし者よ……闇の一党に危機が迫っています……」
あの声だ。彼女は驚いて上半身を起こした。辺りを見回すが、やはり誰もいない。
ギリギリと締め付けられるような頭痛とともに、その声はなお彼女に語りかけてくる。
「私のもとへ来るのです……」
彼女ははっきりと分かった。頭の中だ。頭の中から声が聞こえる。

一体何がどうなっているのか分からない。
養親は殺された。
人を殺してしまった。
頭の中から奇妙な声が聞こえる。
彼女の中の何かが、ぷつりと途切れた。
失神するように、彼女は眠りに落ちていった。


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彼女は黒檀の剣を研ぎながら、過去の記憶を思い出していた。
養親を殺した男たちは、闇の一党の何かを探していた。
当時は分からなかったが、今になって思えばこのアミュレットが目当てだったのだろう。
彼女はそれを見つめながら、養母の言葉を思い出した。

――そのアミュレットには不思議なちからがあるの。神様の声が聞こえるのよ。

不思議なちから。
これが単に高価なだけのアミュレットだとしたら、納得がいかない。養親を殺してまで奪おうとするなんて馬鹿げている。
このアミュレットを手にした後から、夜母の声が聞こえるようになったことを彼女は分かっていた。
おそらくは闇の一党にとって重要なアーティファクトなのだろう。

なぜ養親は殺されたのか。犯人の男たちは何者なのか。本当の親は誰なのか。自分は誰なのか。
このアミュレットを調べれば、それが分かる気がした。


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先刻聞いた夜母のお告げによると、
今回の仕事の依頼人はウィンターホールド大学の司書の一人らしい。
つまり大学の書庫に潜入する機会があるということだ。
もしかしたら、このアミュレットに関する本が置いてあるかもしれない。
しかし、あまり下手には動けない。大学の規模は昔ほど大きくは無いため、教師や生徒の数も少ない。
目立った行動をすれば、すぐに怪しまれてしまうだろう。

「その点は問題ない」
レッドガードの男が、彼女の懸念を吹き飛ばした。
「お前はシロディールから来た学者ということで話を通してある。通行証も偽造した。」
この男――ナジルはしたたかだった。盗賊ギルドとも繋がりのあるらしい、油断ならない男だ。
「だが、注意するに越したことはない。正体がバレても助けを出すことは出来んからな」
彼女はナジルから大学のローブと通行証を受け取り、大学への旅の支度を始めた。




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